第1回「ヒバクシャとの出会い」

5月31日、オンライン連続セミナー「ヒバクシャとの連帯」の第1回「ヒバクシャとの出会い」が開催されました。講師の振津かつみさん(チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西共同代表・兵庫医科大学非常勤講師・医師)は、原爆と原発のヒバクシャに連帯する立場から世界のヒバク問題に長年取り組んでこられた方です。「こらっせ」は原発事故によるヒバクの責任を認めない国に対する怒りを原点に、振津さんを講師に、藤本泰成さん(前平和フォーラム共同代表・前原水禁共同議長)をコーディネーターにして、6回の連続セミナーを企画しました。
原発下請け労働者との出会い
振津さんの原点は原発下請け労働者、「カタカナのヒバクシャ」との出会いに遡ります。医学生だった振津さんは、堀江邦夫『原発ジプシー』に出会い、被曝をしながら原発を動かしている労働者の9割以上は、立場の弱い下請けの労働者であることを知りました。さらに、敦賀原発で放射線皮膚炎に罹った下請け労働者の岩佐嘉寿幸さんの労災裁判や集会での訴えに触れた振津さんは、強い衝撃を受けました。人の命を救う医師を目指しながら、社会の片隅で病気が作られ、労働者が使い捨てられる構造を放置して良いのかという強い葛藤が、反原発運動へ身を投じる決定的な契機となったのです。この時代は、原水禁運動が、広島の被爆者で原水禁代表委員でもあった森瀧市郎さんのウラン採掘被害者との出会いをひとつのきっかけに、世界の核被害者=ヒバクシャとも連帯し、「核絶対否定」を掲げて本格的な反原発へと舵を切った転換期でした。
国家補償を求める原爆被爆者の闘い
医師となった振津さんは、阪南中央病院で原爆被爆者の診療や1200名規模の実態調査に携わる中で、放射線被害の真の恐ろしさを学びました。原爆被害が過去のものでなく、被災時のトラウマ、戦後の深刻な差別、いつがんなどの後障害を発症するかわからない恐怖、そして体調不良による就労困難と生活苦など、「心と体と暮らしの苦しみ」を生涯にわたって背負い続けていることを、原爆被爆者から学んだのです。
被爆者たちが求めたのは単なる経済的支援ではなく「国家補償」でした。これは、原爆を投下したアメリカの加害責任はもちろん、日本政府の戦争責任を問うものでした。しかし現在の被爆者援護法には未だに「国家補償」の四文字が明記されていません。振津さんは、被爆者はもの乞いではない」と訴えた伊藤サカエさんらの言葉に触れ、苦悩に向き合いながら国家責任を問う「闘う被害者」の姿に深く学んだと語ります。また植民地支配を背景に被爆し、戦後長らく放置されてきた韓国などの在外被爆者の問題も、未解決の重大な課題と指摘しました。
権力によるヒバク健康リスクの切り捨て
さらに振津さんは、放射線被曝による健康障害と、権力による被害者切り捨ての歴史について語りました。被爆による健康障害には、直後に現れる「急性障害」と、数十年後に発症するがんなどの「晩発性障害」があります。1945年9月に被爆地に入った米軍調査団は、爆心地から約2kmを境に急性症状が激減することに目をつけ、これを被曝の「しきい値」と設定しました。この恣意的な線引きは、米国の核開発の下で働く労働者の被曝基準に利用されただけでなく、日本の被爆者認定において「2km以遠には放射線の影響がない」として認定を却下する口実として悪用されました。現実には晩発性障害にしきい値は存在せず、どんなに低線量であっても被曝量に応じた発がんリスクがあることが科学的に証明されています。
振津・藤本さんの対話から
こうしたヒバクシャ切り捨ての構造について、藤本さんを交えた対談でさらに議論が深められました。「戦争による被害は広く国民が我慢すべき」とする「受忍論」と同様の責任回避の論理を盾に、国は被爆者の国家補償を拒み、援護を単なる社会保障の枠内に矮小化してきました。お二人は、この国策の犠牲者を使い捨てる「棄民政策」が、原爆被爆者、原発労働者、そして福島の原発事故被災者など、すべてのヒバクシャに対しても全く同じ形で貫かれていると強く告発します。放射線の不安を抱える避難者は「風評加害者」のように扱われ、補償や支援を打ち切られて捨てられている現状があります。
特に深刻なのが、福島の子どもたちの甲状腺がん等への対応です。低線量被曝でも健康被害が生じる科学的根拠があるにもかかわらず、現在の裁判では、被害者側に「被曝と発病の因果関係」の医学的立証責任が押し付けられています。振津さんは、本来であれば「加害側が影響のないことを証明できない限り補償する」のが補償法の原則であると反論します。そして国は「予防原則」に基づき、福島の被災者全員に広島・長崎と同様の「健康手帳」を交付し、生涯にわたって医療費を無償化するなどの健康保障制度を直ちに創設すべきだと主張しました。
最後に、福島の「復興」のあり方について疑問が呈されました。国が進める「イノベーション・コースト構想」等の復興キャンペーンは、住民が望む「元の暮らしの回復」とは大きく乖離しています。原発は、平常運転時であっても多重下請け構造による被曝労働なしには成立せず、ひとたび事故を起こせば、故郷を奪い、住民を分断し、数百年単位の放射能汚染を残します。
核兵器・原発核燃料サイクルによる、すべての核被害者=ヒバクシャは、痛みを分かち合うことで国境や被害の形態を越えて連帯できます。「核と人類は共存できない」という原点に立ち返り、核廃絶とヒバクシャ支援の両輪で連帯の運動を広げていく決意が述べられ、第1回セミナーを終えました。
