【報告】連続セミナー「ヒバクシャとの連帯」(講師:振津かつみさん)

第1回「ヒバクシャとの出会い」

5月31日、オンライン連続セミナー「ヒバクシャとの連帯」の第1回「ヒバクシャとの出会い」が開催されました。講師の振津かつみさん(チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西共同代表・兵庫医科大学非常勤講師・医師)は、原爆と原発のヒバクシャに連帯する立場から世界のヒバク問題に長年取り組んでこられた方です。「こらっせ」は原発事故によるヒバクの責任を認めない国に対する怒りを原点に、振津さんを講師に、藤本泰成さん(前平和フォーラム共同代表・前原水禁共同議長)をコーディネーターにして、6回の連続セミナーを企画しました。


原発下請け労働者との出会い

振津さんの原点は原発下請け労働者、「カタカナのヒバクシャ」との出会いに遡ります。医学生だった振津さんは、堀江邦夫『原発ジプシー』に出会い、被曝をしながら原発を動かしている労働者の9割以上は、立場の弱い下請けの労働者であることを知りました。さらに、敦賀原発で放射線皮膚炎に罹った下請け労働者の岩佐嘉寿幸さんの労災裁判や集会での訴えに触れた振津さんは、強い衝撃を受けました。人の命を救う医師を目指しながら、社会の片隅で病気が作られ、労働者が使い捨てられる構造を放置して良いのかという強い葛藤が、反原発運動へ身を投じる決定的な契機となったのです。この時代は、原水禁運動が、広島の被爆者で原水禁代表委員でもあった森瀧市郎さんのウラン採掘被害者との出会いをひとつのきっかけに、世界の核被害者=ヒバクシャとも連帯し、「核絶対否定」を掲げて本格的な反原発へと舵を切った転換期でした。


国家補償を求める原爆被爆者の闘い

医師となった振津さんは、阪南中央病院で原爆被爆者の診療や1200名規模の実態調査に携わる中で、放射線被害の真の恐ろしさを学びました。原爆被害が過去のものでなく、被災時のトラウマ、戦後の深刻な差別、いつがんなどの後障害を発症するかわからない恐怖、そして体調不良による就労困難と生活苦など、「心と体と暮らしの苦しみ」を生涯にわたって背負い続けていることを、原爆被爆者から学んだのです。

被爆者たちが求めたのは単なる経済的支援ではなく「国家補償」でした。これは、原爆を投下したアメリカの加害責任はもちろん、日本政府の戦争責任を問うものでした。しかし現在の被爆者援護法には未だに「国家補償」の四文字が明記されていません。振津さんは、被爆者はもの乞いではない」と訴えた伊藤サカエさんらの言葉に触れ、苦悩に向き合いながら国家責任を問う「闘う被害者」の姿に深く学んだと語ります。また植民地支配を背景に被爆し、戦後長らく放置されてきた韓国などの在外被爆者の問題も、未解決の重大な課題と指摘しました。


権力によるヒバク健康リスクの切り捨て

さらに振津さんは、放射線被曝による健康障害と、権力による被害者切り捨ての歴史について語りました。被爆による健康障害には、直後に現れる「急性障害」と、数十年後に発症するがんなどの「晩発性障害」があります。1945年9月に被爆地に入った米軍調査団は、爆心地から約2kmを境に急性症状が激減することに目をつけ、これを被曝の「しきい値」と設定しました。この恣意的な線引きは、米国の核開発の下で働く労働者の被曝基準に利用されただけでなく、日本の被爆者認定において「2km以遠には放射線の影響がない」として認定を却下する口実として悪用されました。現実には晩発性障害にしきい値は存在せず、どんなに低線量であっても被曝量に応じた発がんリスクがあることが科学的に証明されています。


振津・藤本さんの対話から

こうしたヒバクシャ切り捨ての構造について、藤本さんを交えた対談でさらに議論が深められました。「戦争による被害は広く国民が我慢すべき」とする「受忍論」と同様の責任回避の論理を盾に、国は被爆者の国家補償を拒み、援護を単なる社会保障の枠内に矮小化してきました。お二人は、この国策の犠牲者を使い捨てる「棄民政策」が、原爆被爆者、原発労働者、そして福島の原発事故被災者など、すべてのヒバクシャに対しても全く同じ形で貫かれていると強く告発します。放射線の不安を抱える避難者は「風評加害者」のように扱われ、補償や支援を打ち切られて捨てられている現状があります。

特に深刻なのが、福島の子どもたちの甲状腺がん等への対応です。低線量被曝でも健康被害が生じる科学的根拠があるにもかかわらず、現在の裁判では、被害者側に「被曝と発病の因果関係」の医学的立証責任が押し付けられています。振津さんは、本来であれば「加害側が影響のないことを証明できない限り補償する」のが補償法の原則であると反論します。そして国は「予防原則」に基づき、福島の被災者全員に広島・長崎と同様の「健康手帳」を交付し、生涯にわたって医療費を無償化するなどの健康保障制度を直ちに創設すべきだと主張しました。

 最後に、福島の「復興」のあり方について疑問が呈されました。国が進める「イノベーション・コースト構想」等の復興キャンペーンは、住民が望む「元の暮らしの回復」とは大きく乖離しています。原発は、平常運転時であっても多重下請け構造による被曝労働なしには成立せず、ひとたび事故を起こせば、故郷を奪い、住民を分断し、数百年単位の放射能汚染を残します。
核兵器・原発核燃料サイクルによる、すべての核被害者=ヒバクシャは、痛みを分かち合うことで国境や被害の形態を越えて連帯できます。「核と人類は共存できない」という原点に立ち返り、核廃絶とヒバクシャ支援の両輪で連帯の運動を広げていく決意が述べられ、第1回セミナーを終えました。

「脱原発政治家に聞く」オンラインセミナー第1回報告

原発事故から15年、日本が目指すべきエネルギー社会とは
山崎誠さん(前衆議院議員)

4月19日、こらっせは、原発事故から15年経過した現在、被災者支援には政治の力が不可欠と考え、新企画「脱原発政治家に聞く」オンラインセミナーをスタートさせました。第1回の講師には前衆議院議員の山崎誠さんをお迎えし、「日本が目指すべきエネルギー社会」をテーマに語っていただきました。

原発事故被災者支援の現状と課題

講演の前半では、山崎さんが中心となって実施した原発事故被災者支援団体へのアンケート結果(回答74件)の報告がありました。それによると、支援団体の9割以上が活動を継続する一方、96%が「記憶の風化」を実感している、社会の関心低下は資金不足や行政の非協力を招き、支援者の高齢化や疲弊による活動縮小の危機を引き起こしている。被災者は依然として健康不安や精神的孤立、生活再建の遅れといった深刻な課題を抱え続けているなどの事実が明らかになりました。

それをふまえて山崎さんは、個人のボランティアに依存する現状から脱却し、子ども被災者支援法の実効化や基盤支援を伴う持続可能な支援システムへの転換が急務であると訴えました。

原発政策の嘘とごまかし

次に山崎さんは、政府の原発回帰方針に対し、原発はコスト面でも安全面でも限界に達しているとして、次の3点を指摘しました。
第一に、耐震基準の軽視とデータ検証能力の欠如です。大飯原発の設計基準(856ガル)が能登半島地震(2828ガル)のような現実の揺れからかけ離れているなど、想定が極めて非現実的であること、さらに中部電力の基準地震動データの捏造が発覚しており、原子力規制委員会には提出データを独自検証する能力も姿勢もないことがあげられました。

第二に、安全保障上のリスクです。ザポリージャ原発の事例が示す通り、原発への武力攻撃は過酷事故に直結します。しかし政府はミサイル防衛で防ぐという精神論に終始し、国会答弁で「核兵器がある以上、原発がなくてもリスクは同じ」という暴論を述べるなど、国民の命より経済とエネルギー供給を優先していると語りました。

第三に、核燃料サイクルの破綻とコストの問題です。六ヶ所村の再処理工場は建設着工から32年、総事業費17.5兆円を費やしながら未稼働のまま、原発の発電コストも建設費高騰のため再エネの3~4倍に達します。また、政府はAIデータセンター普及による電力需要の爆発的増加をあげますが、これは誇張であり、実際の増加分は5〜6%程度で、省エネで十分吸収可能と批判しました。

再生可能エネルギー100%社会の実現

日本の再エネ比率は現在約25%で、50%を超える欧州諸国から大きく遅れています。政府は2040年でも再エネ50%、化石燃料・原発50%という計画ですが、山崎さんは徹底した省エネと再エネの普及により、2050年に「再エネ100%」の実現は可能だと主張しました。現在、太陽光や風力、蓄電池のコストは急速に低下しており、技術的にも化石燃料に代替できる水準にあるとして、具体的な普及策として3点をあげました。

  1. 浮体式洋上風力発電:遠浅の海が少ない日本でも設置可能で環境負荷も低い。
  2. クローズドループ方式地熱発電:地下深くにパイプをループ状に埋め込み水を循環させる技術で、温泉枯渇の懸念なく地熱を利用できる。
  3. ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電):全農地の約10%を占める耕作放棄地を活用する。これを進めるだけで国内電力消費量の2〜3割を賄えるポテンシャルがある。

質疑応答に入り、蓄電池の価格や夜間の電力不足について、山崎さんは、蓄電池の低価格化が急速に進み、太陽光と蓄電池の組み合わせが石炭火力より安価になっているため、夜間対応も含め実用化は十分可能だと回答しました。海外のAIデータセンターの需要増についても、投資マネー目当ての過大な申請が問題視され、実態は見積もりを大きく下回るとの参加者からの指摘に同意されました。
再エネ事業者が直面する「出力制御(送電網の都合で再エネ電力が捨てられる問題)」や市場価格の歪みについて、山崎さんは、発送電分離が不十分で大手電力会社に有利な仕組みが温存されていることが原因であり、優先接続ルールや市場メカニズムの抜本的見直しが必要だと強調しました。

ソーラーシェアリングと農業との関係については、あくまで農家の収入確保と農業再生を主目的とした導入が不可欠であり、垂直型パネルの活用など営農に配慮した技術の普及が重要だと述べられました。

5 月 31 日オンライン連続セミナー「ヒバクシャと連帯して」第1回

子どもたちをヒバクから守りたいと活動してきた「こらっせ」ですが、今回、世界のヒバクシャの現実を鳥瞰し、支援・交流を続けてきた振津かつみさんの連続セミナーを企画しました。

原爆のヒバクシャ約60万人、国内のヒバク労働者約67万人と推定され、さらにウラン採掘を強いられた先住民、核実験場にされた太平洋の人々、チェルノブイリ、フクシマそして400人を越える子ども甲状腺がん患者。ヒバクをさせた国々や企業はヒバクシャへの責任をとろうとしていません。

振津さんは、医師として研究者として、そしてアクティビストとして、ヒバクシャと連帯し、ヒバクの実態を明らかにしようと国内外のヒバクシャを訪ね、足元では1991年に「チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西」設立するなど、半世紀近く社会運動を続けられています。6回の連続セミナーでは、前平和フォーラム共同代表・前原水禁共同議長の藤本泰成さんをコーディネーターにお願いし、振津さんのヒバクに関する知見と「ヒバクシャとの連帯」について学びたいと思います。

第1回 ヒバクシャとの出会い

振津かつみさんは大阪医科大学の学生時代、ヒバク労働者のドキュメント「原発ジプシー」を読みショックをうけて反原発運動に、そして「核と人類は共存できない」を掲げる原水爆禁止運動に参加。1986年から、被ばく医療をおこなっていた阪南中央病院に内科医として勤務。国家補償に基づく「被爆者援護法」を求める被爆者と協力して、運動の根拠となる被害の実態を明らかにするために、同病院スタッフ有志の実行委員会で実施した約1200人の原爆ヒバクシャの実態調査にかかわり、ヒバクシャの「こころ・からだ・くらし」の苦しみを実感。2005年に放射能が次世代におよぼす影響を研究し大阪大学で博士号を取得。現在、兵庫医科大学非常勤講師(遺伝学・放射線基礎医学)として教壇に立ちながら、ヒバクをなくそうと社会運動に深く関わっていきます。

第1回は、原発被ばく労働者や原爆被爆者との出会いをきっかけに、ウラン採掘被害を受けた米先住民や、チェルノブイリ原発事故被害者など、世界の核被害者=ヒバクシャと交流するようになったこと。特に「チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西」の前代表だった長崎被爆者・山科和子さんをはじめ、原爆被爆者の方々から学んだことについて語っていただきます。

 ●日時:5月31日(日)14時から(13時45分開場)15時半まで
 ●場所:オンライン(Zoom)
 ●参加費:無料
 ●参加申込:参加申し込みフォーム から登録をお願いします

※参加申込を受信後、数日以内にセミナー当日のリンクを送信いたします。届かない場合は、事務局までお知らせください。

◆「振津かつみ連続セミナー」第2回は「ウラン採掘」、第3回は「核実験」、第4回は「チェルノブイリ」、第5回は「フクシマ」、第6回は「私たちに何ができるか」をテーマにする予定です。

主催:福島子ども・こらっせ神奈川
E-mail:info@korasse-kanagawa.org
WEB:http://korasse-kanagawa.org/

4月19日(日)「こらっせ」オンラインセミナー

「こらっせ」は結成から14年の活動を通して、原発事故によるヒバクの責任は国が負うべきだという思いを深くしています。しかしながら、国会・地方議会で原発・エネルギー政策及び原発事故によるヒバクシャへの補償は十分に議論されているとはいえません。そこで、脱原発を掲げ活動されている政治家から、お話しを聞く連続セミナーを企画しました。

第1回は前衆議院議員の山崎誠さんです。山崎さんは建設会社、エンジニアリング会社での勤務経験を活かし、国会では再エネ普及推進など数々の提案をされ、同時に「子ども・被災者支援議員連盟」の事務局長として活動されてきました。

山崎誠さんからのメッセージ:
東京電力福島第一原発事故から15年、いまだに緊急事態は解除されず、被災者の苦悩は続いています。事故の記憶が風化するいま改めて原発の現状と課題を洗い出したいと思います。日本が目指すべきエネルギー社会は「再生可能エネルギー100%」です。世界で進むエネルギーシフトを日本でも実現するための方策を皆さんと考えます。

日程:4月19日(日)14時から(13時45分開場)15時半まで
場所:オンライン(Zoom)
参加費:無料
参加申込:https://forms.gle/DrnRAFqHYSKpWdeA7

参加申込を受信後、数日以内にセミナー当日のリンクを送信いたします。届かない場合は、事務局までお知らせください。

主催:福島子ども・こらっせ神奈川
E-mail:info@korasse-kanagawa.org
WEB:https://korasse-kanagawa.org/ 

2024年度スタディツアーとリフレッシュプログラム報告

昨年、2024年の福島スタディツアーとリフレッシュプログラムの報告です。

8月9日-10日:リフレッシュプログラム

今年のリフレッシュプログラムは、8月9日ー10日、山形県大江町にある「やまさぁーべ」で開催しました。小学生と中学生17人、スタッフ13人、総勢30人で2日間のプログラムを楽しみました。「こらっせ」ユースの感想です。

8月9日

バスレクで笑顔

「こらっせ」のみんなとは、東京駅で集まりました。初めてお会いする方もいましたが、新幹線の中で名前シールをつくったり、スケジュールについて話し合ったりする中で、打ち解けることができました。バスが子ども施設に到着したら、早速出発式です。福島スタディツアーの際に遊んだ子どもたちの顔が蘇ってきました。朝早いこともあって、まだみんな緊張している顔つきです。
バスでは、準備をしていたバスレクを行いました。まずは、自己紹介です。名前と一緒に好きな色、食べ物、動物をそれぞれ発表しました。次にいよいよレクです。「おーちた、おちた」「私は誰でしょうクイズ」「私は誰でしょうクイズ〜みんなversion〜」の3つをしました。「おーちた、おちた」では、簡単な体の動きがあるためか、自然と心も体もほぐれて、笑顔が見られるようになりました。一気に賑やかになったような気がします。また、「私は誰でしょうクイズ」では、難易度を幅広く準備したことで、小学校低学年の子から中学生まで意欲的に手を挙げて答えてくれて、嬉しかったです。最後には、自己紹介の時にメモしていた、好きな色、食べ物、動物をヒントにして「私は誰でしょうクイズ〜みんなversion〜」をしました。クイズを出すと、「えー!誰だったっけ!」と、一生懸命思い出そうとして、頑張っていました。
「やまさぁーべ」に到着するころには、「こらっせ」スタッフ・ボランティアと子どもたちの距離がだいぶ縮まりました。わくわく楽しい二日間の幕開けです。(林 千陽)

ウォータースライダー

「やまさぁーべ」に到着した私たちの最初のイベントは、ウォータースライダー。自然の中のウォータースライダーは、傾斜のある地面にシートを敷き、そこに水を流したものでした。ウォータースライダーを上がると、下から見るよりも高く、傾斜も急に感じ、初めは恐怖で誰も動きませんでした。一歩を踏み出すことがとても大きく感じたのです。そんな子どもたちを見たササパン(「やまさぁーべ」館長)は、自らが勢いよく滑ることで子どもたちに見本を示してくれました。ササパンの見本を見ると、なにか吹っ切れたように子どもたちは一斉に最初の一歩を踏み出し、続々と滑り始めるようになりました。好奇心が恐怖心に打勝った瞬間でした。ササパン見本で安心感も得たのだと思います。また、アブが心配されていましたが、恐怖に打ち勝った勇敢なみんなは、大量に攻撃してくるアブさえ恐れず楽しさに変えました。自然を、足や腹だけでなく、五感を用いて味わうことができ、一人ひとり、最高の笑顔が見られたと思います。さらに、ひとつの恐怖や壁を共に乗り越えた私たちは、ここで大きく関係を築くことができました。
ウォータースライダーを遊び尽くした私たちが次に行ったのは、スイカ割りでした。目隠しをして、初めは戸惑いが見られましたが、仲間の「前、前!」という言葉を信じ、前に進みます。木の棒がスイカに当たり始めると、場はさらに盛り上がり始め、みんなの掛け声が一層大きくなりました。人を信じることはなかなか難しいことですが、スイカ割りを通して、周りの声を信頼するというハードルが下がったように見えました。ウォータースライダーで築いた関係も生きたような気がします。(岩城千晴)

火起こしとカレー作り

ウォータースライダーやスイカ割りを楽しんだあとは、みんなで夕食のカレー作りをしました。大人も子どもも混じってグループに分かれ、カレーを作るための火起こしから始めます。
最初は薪割りから。薪割りはクラッカーという器具を使用するやり方と、鉈を使用するやり方の二種類行いました。割りやすい薪の選び方、割る時のコツを教えてもらい、私達の腕よりもずっと太い薪を、割り箸のように細くなるまで繰り返し割っていきます。鉈を使用するやり方では、太い薪を割るのは難しく、子どもたちも苦戦していました。その分、みんなで協力して割ることができたときは達成感がありました。
薪が用意できたら、次は火起こしに入ります。程よくほぐした麻紐を鉄板の上に置き、道具を使って着火します。火がついたらすぐに新聞紙をかぶせ、その上に細い薪を組んで火を大きくしていきます。このとき、燃えている中心部分に風が入っていくよう、上に向かって組んでいくのがしっかりとした火を起こすコツだとか。私達のグループはなかなかうまくいかず悪戦苦闘しましたが、早いところは一回で成功し、順調に火を育てていきました。


火起こしができたらいよいよカレー作りです。燃えた薪を使い、やまさぁーべの方々に準備していただいた材料を鍋で煮ていきます。子どもたちも、火が弱くならないよう息を吹きかけたり、焦げつかないようにかき混ぜたりして、「早くできないかな」と完成を心待ちにしていました。


そうして自分たちで火起こしから始めて作ったカレーは、甘口の程よい濃さと野菜の柔らかさでとっても美味しかったです。子どもたちも、普段はあまり食べないという子もみんなたくさん食べてくれました。食後のデザートに食べたスイカ割りのスイカも、さっぱり甘くてとても美味しかったです。めったにできない体験に加え、美味しい思いをできたことは、子どもたちにとっても素晴らしい思い出になったようでした。(井手美由希)

体育館遊び、星・花火

夜ごはんを食べた後は、「やまさぁーべ」にある体育館で遊びました。卓球やバスケ、キャッチボールなど、自分の好きな遊びでたくさん体を動かしました。特に子どもたちが、周りにいる人に「これで一緒に遊ぼうよ!」とたくさん話しかけていたことが印象に残っています。子どもたちと一緒に遊ぶことで、より関係を築くことが出来ました。さらに、音楽室にはピアノやドラムなどたくさんの楽器がありました。集中してドラムを叩く子どもや、ピアノを弾く子どももいました。
体育館遊びの後にはみんなで外に出て、星を観察しました。夜空には遮るものが何もなく、満天の星空を楽しむことが出来ました。子どもたちも、たくさんの星を観察して楽しんでいる様子でした。 星空を楽しんだ後は、花火をしました。手持ち花火では、光が勢いよく出る様子にびっくりしながらも、楽しんでいました。「次はどれをやろうかな」とわくわくしながら花火を選んでいました。線香花火にもみんなで挑戦しました。少し風が強くてなかなか火をつけるのが大変でしたが、花火の火が落ちないようにじっくりと見つめていました。線香花火の独特な雰囲気を味わっていました。


最後には打ち上げ花火をしました。色とりどりの光があがると、子どもたちから歓声が上がりました。「もっと見たい!」という声も上がるほど、とても楽しんでいる様子でした。
花火が終わると、デザートのドーナツを食べました。ミニオンが描かれた3種類のドーナツを選ぶ順番を決めるために、じゃんけん大会をしました。勝った子どもは嬉しそうにドーナツを選んでいました。負けてしまった子どもも、早くドーナツを選ぶためにやる気に満ちていました。そうして全員がドーナツを選び終えて、いただきますをしました。子どもたちは「夜にドーナツを食べることが出来て幸せ!」と、とても嬉しそうな様子でした。
みんなで花火を楽しんだ夏の夜は、大切な思い出の1ページになりました。(瀬戸直美)

8月10日

生き物探し

2日目は手作りの朝食を作りました。早起きをしてレタスやきゅうりを切り、たまごを焼き、ソーセージを茹でました。チーズやロールパン、牛乳やジュースもお皿に並べると、素敵な朝ご飯になりました。子ども達は1日目にたくさん遊んだ影響で眠そうにしていましたが、朝ご飯を食べると元気な子ども達に戻っていました。
朝ご飯を食べた後は田んぼや池で生き物探しを行いました。虫に刺されないようにするため、服装は長袖、長ズボン、長靴を履き、車で5分くらいの場所に向かいました。やまさぁーべの方から池の生き物を探す方法を教えて頂きながら網を使って集めていきます。生き物を見つけている最中には生き物の名前を伝えず、宿に戻ってきてから自分たちで協力しながら図鑑を使って調べます。結果はカエル、ゲンゴロウやカマキリ、ギンヤンマ、ドジョウなど全18種類を見つけました。イモリはお腹が赤く、珍しいアカハライモリを見つけた子もいました。18種類の中には絶滅危惧種に指定されている、福島県や神奈川県では発見することが難しい生き物も見つけることができました。虫が好きな子もおり、子ども達は終始楽しそうにしていました。


生き物探しの後は山形県の郷土料理である、ひっぱりうどんを食べました。納豆、鯖缶、ツナ缶、長ネギ、麺つゆを混ぜたものにうどんをつけて食べます。ひっぱりうどんの由来は鍋からうどんをすくい上げることや、納豆の糸を引く様子からきているものです。ツナや鯖缶の汁も一緒に入れることでコクがでて、おいしかったです。子ども達も上手にうどんをつゆに浸しながら、美味しそうに食べていました。
お昼ご飯を食べ終わると、バスに乗って帰ります。途中2箇所で休憩をし、2時間程度で山形県から福島県に移動しました。到着すると、解散式を行いました。ただいまの挨拶をし、私たちとはお別れです。バスの中では、楽しかった、という声を聞くことができ、嬉しかったです。1年ぶりに会う子ども達の姿は大きく成長していました。昨年、神奈川で一緒に遊んだ思い出を話してくれる子もおり、一つ一つの経験が子ども達の成長につながっているのだと感じました。来年はさらに大きくなった姿が見られるのではないかと考えると、今から楽しみです。(小林真子)
                              

3月9日-10日:福島スタディツアー

「こらっせ」ユースの大学生10人、「こらっせ」の若いスタッフ2人と一緒に総勢13人で、福島スタディツアーに行ってきました。お天気には恵まれましたが、風がとても冷たく残雪もあり、寒くて震えました。
若い人を対象に2022年からスタートした「こらっせ」の福島スタディツアーは今年で4回目ですが、今回の案内人は「子ども被ばく裁判」原告団長の今野寿美雄さんということもあり、また違った福島を学ぶことができました。

9日は福島市の子ども施設を訪問した後、南相馬市小高の双葉屋旅館に移動。夕方6時からは櫻井勝延前南相馬市長のお話を聞きました。地震と原発事故に首長としてどのように対応したかというお話に学生たちは圧倒されていました。質問が続くので、櫻井さんのお話は1時間の予定が1時間半になり、その後夕食を共にして夜9時半近くまで、若い人との対話が続きました。オーナーが小高の地に根を張ったアクティビストでもある双葉屋旅館の暖かいもてなしに若い人は感激。ここが、福島に心を寄せる方々の常宿になっていることがよくわかりました。
翌日は、南相馬から楢葉まで南下するスケジュール。若い人にフクシマを知ってほしいという今野さんの気持ちもあり、おれたちの伝承館-イノベーションコースト・棚塩産業団地-震災遺構・請戸小学校-伝承館-富岡漁港-楢葉町天神岬-宝鏡寺伝言館と多数の場所を訪れました。私が一番印象的だったのは、イノベーションコースト構想の一部、浪江町の棚塩産業団地の施設群―水素製造工場、水素ステーション、高度集成材製造センター、ロボット・ドローンテストフィールドなど―でした。原発事故の後始末もいい加減で、避難者や子どもたちに十分な保証もせずに、新技術の拠点という名目でゼネコンをはじめとする企業を再び富ませる巨額な投資をここでもおこなっています。


午後は、楢葉出身の「こらっせ」のスタッフ、佐藤聡君が若い語り部として楢葉町を案内しながら自分の被災体験を語ってくれました。当時の子ども目線で語られた物語に学生たちは感動していました。私が物語と同じぐらい心を揺さぶられたのは、農家だった彼の実家に連れていってもらった時のことです。車の中からでしたが、佐藤君の家の周辺の美しさに息をのみました。広々とした畑と田んぼ、そして近くには冬には白鳥が渡来、春には桜並木が美しい上繁岡大堤があります。春が訪れ、緑が豊かになった風景を想像しました。この風景と佐藤君の物語を重ね合わせると、原発事故が福島の人々に何をもたらしたか、少しだけ実感できるような気がしました。
若い人たちにフクシマを知ってもらえたかな、参加者には学校の先生になる学生も多いので将来の教え子にこの体験を伝えてくれるかなと思いながら、そして若い人たちにエネルギーをもらいすぎて少々疲れて終えた福島ツアーでした。(遠野はるひ)

山北で秋をみつけました

 昨年11月12日(日)に茅ヶ崎の「子どもの居場所」に集う子どもたちと一緒に、「モミとカシ」のメンバーの案内で大野山登山をしました。登山道には子ども達が興味を引くものがたくさんありました。質問したり、教えてもらったりして登りました。スピードを上げてどんどん進む子もいれば、周りの景色を楽しみながらゆっくり進む子もいて、それぞれの個性を感じました。

 道中の景色がとてもきれいで、子どもは足を止めて写真を撮ったり、大きな声を出して楽しんでいました。山頂に着いてお弁当を食べました。頑張って登って熱くなった体を風で冷やしながら、道中の話で盛り上がり、お弁当を美味しく楽しくいただきました。下山はまた別のルートで降りました。行きの道とは全く違う、崖と隣合わせの細い道でスリル満点の険しい道が続いていました。2つに別れる道を見て、わざわざ険しい道を選択して進む子もいました。疲れているはずなのに、元気いっぱいの子ども達でした。

 最後は暖かい部屋で、感想を言い合ったり、「モミとカシ」の林業家・富田陽子さんに質問をしたりしました。子ども達はとても積極的にお話してくれました。色んな秋を見つけて、自然とふれあい、とても良い経験になったのではないでしょうか。1日を通して、子ども達のいきいきとした姿が印象的でした。(青木愛美) 

23/5/14 キックオフミーティングのご報告

 5/14(日)に開催したキックオフミーティングでは、約80名の方にご参加いただきました。たくさんの方にご参加いただき、誠にありがとうございました。
 また、講演会終了後には多くの感想もいただきました。フォームまたはメールでいただいた感想は、井戸さん、加藤さん、事務局スタッフにて共有させていただきました。


 さて、当日の講演会動画を公開させていただきます。


 使用された講演会資料は、以下のギガファイル便に掲載いたしました。期限内にダウンロードください。

 配布用_2023.05.14 こらっせ神奈川.pptx
 https://xgf.nu/5dmmE
 ダウンロード期限:2023年6月21日(水)


 今回の講演が、今後の皆さまの活動へつながる機会となりましたら幸いです。
 私たち福島子ども・こらっせ神奈川は、夏のリフレッシュプログラムや新たな活動に向けて動いていきます。
 活動の様子はTwitter(https://twitter.com/korasse_kana) やホームページ(http://korasse-kanagawa.org/index.html) にて発信いたします。
 今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。

23/1/29オンライン講演会のご報告

 1/29(日)に開催したオンライン講演会にたくさんの方からご参加いただき、誠にありがとうございました。
 開催からしばらく経過してしまいましたが、動画は編集のうえで、皆さまにも御覧いただける形になりました。
 当日の講演会資料は、以下のギガファイル便に掲載いたしました。期限内にダウンロードくださいませ。

共有用_福島からの報告:子どもたちをつながりで包み込むまちへ.pptx
https://xgf.nu/TKzf
ダウンロード期限:2023年6月15日(木)

 今回の講演が、今後の皆さまの活動へつながる良い機会になりましたら幸いです。
 当日の講演会に参加できなかった方や、接続状況が不安定だった方に向けて、動画を公開いたします。

 私たち福島子ども・こらっせ神奈川は、夏のリフレッシュプログラムや新たな活動に向けて動いていきます。
 活動の様子はTwitter(https://twitter.com/korasse_kana) やホームページ(http://korasse-kanagawa.org/index.html) にて発信いたします。
 今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。

 

オンライン「こらっせ」講演会 2023年度へキックオフ!

 2023年度の「こらっせ」キックオフミーティングは、講師に「311子ども甲状腺がん裁判」の弁護団長・井戸謙一さんをお迎えし、訴訟の内容についてお話してもらいます。
 ぜひ、理論と学識と行動に裏づけられた井戸弁護士のお話を視聴してください!

2023年5月14日(日)14時~16時
子ども甲状腺がんは、原発事故のせいではないの?
―「311子ども甲状腺がん裁判」が問いかけること―
お話し 井戸謙一さん(「311子ども甲状腺がん裁判」弁護団長)
コーディネーター 加藤彰彦(野本三吉)さん(沖縄大学名誉教授)
参加費 無料
主催 福島子ども・こらっせ神奈川

申込み方法
Web会議システム(Zoom)により開催します。参加ご希望の方は、サイトhttps://forms.gle/2ipP9Bews9efrmxP6
よりご登録ください。入力が難しければ、事務局メール(info@korasse-kanagawa.org)に必要事項(お名前、所属、メールアドレス)を記入して送ってください。配信用URLは、講演会前日までに送付します。ご不明点があれば事務局メールにご連絡をお願いします。

キックオフミーティングのPDFファイルはこちらです